「管理」は楽じゃない
前にいた職場には、年に数回ほど、上司が長期の出張で不在にする時期がありました。 しかし、その間にも、彼の判断・決裁を必要とする事案が発生するため、就業時間のおわりに、全社員 (自分を含めて5, 6名) のその日の業務内容や伝言をまとめて、上司にメールで報告することが必要となります。 午後五時くらいになったら、各人にIMを通じてその日の作業内容の簡単な説明 (「○○社ファイルサーバのディスク故障対応」等) を求め、その内容を規定の書式に収まるように編集する、というのがおおまかな業の流れ。
ところが、納期が近いなどの理由で忙しい人はしばしば、メッセージを送っても気付かなかったり、返信している余裕がないといった状態に陥ります。 そのような場合には、彼 (または彼女) の席まで出向いて直接聞き取りをしたり、同じプロジェクトに携わっている同僚に、「○○さんは今何をしてるの?」と尋ねることで、おおよそのステータスを把握するようにしていました。
この手法の狙いは、情報を確実に、高い精度で引き出すことにあります。 忙しい相手から情報を得るポイントは、回答に要する手間をできるだけ低く抑えること。 エディタを立ち上げて文章をタイプするよりは、口頭で一言「○○システムの自動監視の仕掛けを作ってた」と答える方が負担が小さいであろうことは想像に難くありません。 更に詳細な情報が必要になった場合でも、追加のメッセージを受け取って、それに返信するよりも、口頭でのインタラクティブなやりとりを選択する方が時間と労力の節約にもなるでしょう。 そうなれば、文章に書き起こすのが面倒な瑣末な事案についても、「あ、そう言えば...」といったカジュアルな振りで情報が提供されることも期待できます。
現場の状況を上に報告するという「管理」の一端を担う立場からすれば、情報収集は最も重要な仕事。 そこで得られた情報の質と量は、直ちに「自分の仕事」の質と量に直結します。 であれば、これを高めるための努力を払うことは、何にも増して優先すべき事案と言えるのではないでしょうか。
非言語コミュニケーション
対面でのコミュニケーションでは、書面での報告には載ってこない、非言語的な情報にも触れることができます。 例えば、相手の表情や声のトーンから「不満げ」とか「疲れている」あるいは「途方に暮れている」といった、管理上の問題に繋がる「予兆」を嗅ぎ取ることができるでしょう。
「管理」を行う目的は、トラブル問題を未然に防ぐ (ための手立てを講じる) こと。 従って、問題が起きてから、「なんでそんな大事なことを報告しなかったんだ」と現場を責め立てる管理職は無能の謗りを免れません。 逆に言えば、そうした非言語コミュニケーションの機微に通じているかどうかが管理職としての適性を見極めるひとつのポイントであろうと思います。
管理職の役割
チームやプロジェクトの管理はその中で最も高い地位にいる人間によって行われる場合が殆ど。 そのため、「上司が部下の所へ話を聞きに足を運んだり、顔色を伺ったりするのはおかしい」とか、「こんなことに私の時間を割く必要はない」という意識が働くようになります。
その結果、上司は部下に対して Word や Excel などで作成されたフォーマットを示して、「これに沿って報告書を書いて提出しろ」式の指示を出すようになります。 しかし、この手のフォーマットは、現場の人間からすると、求められる記入内容があまりに抽象的または不必要なまでに詳細であったり、定型の報告から外れるちょっとした特記事項を記す箇所がない (分かりづらい) など、柔軟性に欠ける、記入するのが面倒なシロモノになりがち。 そのため、記入側の意識は、如何に手間を掛けず短時間で記入するか、例えば、「前日の内容をコピペして必要な部分だけを修正する」といったテクニックへと向けられることになり、報告される情報の精度はどんどん低下していくことになります。
これに対して、ドキュメントにマクロやVBAを埋め込んでコピペを禁止するといった明後日の方向への「対策」が講じられ、俗に管理のための管理と揶揄される状態に陥るケースは頻繁に観察されるところ。 この轍を踏む管理者は、自分に与えられた役割を見失っていると言えます。
もちろん、現実の現場では、管理者もまた末端の人員と同量の、あるいはそれ以上の作業割り当てが課されていることが多くありますが、それは管理をおざなりにしてよい理由にはなりません。 作業量の配分を見直すなり、あるいは情報の収集を部下に任せる (中間管理職の任命) なりの工夫が求められます。 責任を持って管理を遂行するというのは、そうした姿勢があって始めて為せることでしょう。
しかしながら、組織の規模がある程度以上になると「1人のリーダがいて、残りはすべてその人に従う」とった形態では立ち往かなくなります。 そのため、企業・軍隊などの組織は、その構成員を機能ごとに「部」「課」「係」 (あるいは「団」「隊」「班」) といった単位に分割し、それぞれにリーダを割り当てることで全体の統治・運営を行っています。
「リーダ」というのは非常に特殊かつ責任の重い役割に思えるかもしれませんが、(よほど大きな組織でない限り) より高い視点から見れば、「人」という「機能」を束ねるという「機能」のひとつでしかありません。 つまり、「リーダ」というのは、その他の役割と (権限はともかく機能的には) 同列であり、それほど特殊なものではないと言えます。
方法論に走る前に
管理の方法について調べると、「マネジメント」の方法論について語る書籍やブログ記事が山のように見つかります。 有名な経営者やマネージャの著作も多く、どれもそれなりに学ぶ点は多いのかもしれません。 しかし、それは彼らの事例で上手くいった手法であり、自分が今置かれている状況で効果を発揮するとは限りません。
そうしたキャッチーな方法論に飛びつく前に、まずは自分の足元と周囲がどうなっているのかを正確に、客観的に把握することに努めることが大切。 その作業が本質的に楽なものではないからこそ、管理を任される人間には、単なる知識や技術を超えた総合的な問題解決能力と、根気強い努力の継続が求められるのです。
目標と現状把握が正確であれば、状況をコントロールする筋道、即ち管理の方針は自ずと明らかになるでしょう。 他人の成功体験談から学ぶのはそれができてからということにしても、決して遅くはないはずです。
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