The 7th Anniversary
ここ甲府は梅雨が明けたと同時に温度・気温の湿度が急上昇、早くも熱帯気候の様相を呈してきており、一日のうちに二度三度とシャワーを浴びることもあるようになってきておりますが、皆様におかれましては如何お過ごしでしょうか。
当方はフリーランス (個人事業主) としてなってから7年が経過しましたが、おかげさまで受注とそれに伴う収入は独立当時と比較してだいぶ安定してきました。 その一方で、世間の動向に目を向けてみると、つい先日「働き方改革」を掲げる政府・与党の主導によって成立した「高度プロフェッショナル制度 (高プロ)」に関連して、裁量労働制や割増賃金 (時間外手当) の不払い問題などが方々で議論されているようです。
高度プロフェッショナル制度は、高度な専門知識を有し一定水準以上の年収を得る労働者について、労働時間規制の対象から除外する仕組みである。
労働時間と賃金との関係を切断するもので、対象とされた労働者は、時間外労働・休日労働・深夜労働に対する割増賃金の支払いを受けないが、他方自由な時間で働くことを使用者から認められる、とされる。
主に「雇用者 (経営者)」と「被雇用者 (労働者)」の間の利害対立を焦点として語られることの多いこの話題について、私のようなフリーランスは蚊帳の外に置かれている感はありますが、今回はこれについて個人的に思うところを述べてみたいと思います。
裁量があるとはどういうことか
期限と納品物のみが定められ、作業場所が指定されない案件、すなわち「在宅」の仕事では、客先のオフィスに通う「常駐」と異なり、時間の使い方をかなり自由に決めることができます。 コーディングに行き詰ったり、集中力が途切れたりしたときは、気分転換のために本棚から漫画を取り出して読み始めたり、温泉に浸かりに行ったりすることもしばしば。 挙句の果てには、作業を中断してゲーム機の電源を入れることもあるとかないとか。 Tシャツとハーフパンツに裸足という、カジュアルに過ぎる恰好で作業してもこれを咎める人はおらず、疲れを感じたら寝室に行って仮眠を取ることも可能という、非常にストレスを感じることの少ない環境で仕事をしているため、勤め人の知り合いからは「想像を絶する」「ダレ過ぎでは」と言われたりもするほど。
その一方で「深夜2時まで」「朝の4時に起きて食事も摂らずに昼過ぎまで」のように、気分がノッているときにまとめて作業時間を確保することもめずらしくありません。 常駐作業でそんなことをしていたら確実に体調を崩すところですが、請け負い案件の場合は上記の通り休憩等を自由に取ることができる上、
- 完了までにあとどれくらいの作業が残っているかが把握できている
- それらの作業をどのように、どんな順で行っていくかを選択・決定することができる
つまり「仕事全体についての見通しが立っている」「作業の進め方を自分で決められる」ため、精神的・肉体的な負担は作業量に対して驚くほど小さなものになる傾向があります。 実際のところ私自身、独立してからこちら「仕事がつらい」と感じたことは一度もありません。
「偉い人」が勘違いしがちなこと
経営者というのは、起業して人を雇い、組織を率いて市場にカチ込んでいくだけのことはあって、総じてパワフルでエネルギッシュなタイプが多いもの。 朝早くから夜遅くまで、土日祝日も関係なく、プライベートな時間もかなりの部分を割いて仕事に充てている、という人が少なくありません。 私がこれまで出会ってきたうちの幾人かの社長曰く、
大変力強い言葉ではありますが、ここにひとつの欺瞞があります。 仕事が苦にならないのは、もちろん「仕事が好き」「仕事を楽しんでいる」からというのも一因ではあるでしょうが、それ以上に前節で述べたような (組織を率いている以上、私ほど野放図ということはないにせよ) 裁量を持っていることに負う部分が大きいでしょう。 自分自身について錯覚しているだけなら害もないのですが、これを従業員にまで適用するようになると、
- 仕事が忙し過ぎてつらいだって? それは仕事に対する熱意が足りないからだ!
- 部下から不満が出ないようにするために、もっと仕事に「やりがい」を持たせなければ。
といった、いわゆる「やりがい搾取」的な発想が前面に出るようになってきます。
もちろん「やりがい」は労働者の士気を高めうるものではありますが、彼らが会社組織の所有者でも代表者でもない以上、その効果にあまり期待すべきではありません。 原則的に、経営者が従業員に与えることのできるインセンティブとは金銭的な報酬以外にないのですが、他方で「そんなカネがあれば誰も苦労はしてねぇよ」というのもまた事実。 冒頭で触れた「高度プロフェショナル制度」とは、(少なくとも建前上は)「そうした経営者が従業員を働かせるため賃金報酬の代わりに裁量を与えられることができるようにしよう」ということで定められたルールなのでしょう。 しかし私は、この制度はうまく機能しないどころか、会社組織そのもの、すなわち雇用者・被雇用者の双方にとって深刻なダメージを与えるものになるのではないかという危惧しています。
裁量を「与える」のは難しい
裁量労働の特性について再度引いておきます:
自由な時間で働くことを使用者から認められる
経営者が裁量を「自身に課す」ことに比して、従業員に対して裁量を「与える」のはずっと難しいものです。
その理由のひとつは、部下に裁量を与えるには、それに先立って「裁量を持つことのできる環境」を整えておく必要があること。 自由な時間で働くためには、先に述べたように「仕事全体についての見通し」を (管理者ではなく) 労働者本人が持てることが必須の要件。 そのため、上司は部下に指示を出すに先立ってきちんと計画を立て、以下のような事項を併せて伝えなければなりません:
- 最終的に達成すべき目標
- 予算・納期などの大枠
- 各事項についての制約と優先順位
- 例外的・突発的な問題が発生した場合の連絡・相談ルート
もちろん、その計画通りに作業を進捗させるための管理手腕も要求されます。 現在一般的な職場で行われているような
- 毎日決まった時間に出勤しなければならず、(少なくとも) 定時までは退勤は認められない
- 昼休みを取る時間が定められている
- 上司から都度、作業単位で指示が与えられる
- 毎日進捗を報告し、それに対してチェックを受けることが義務付けられている
- 勤務時間外 (夜間・休日) に電話やメールで業務連絡がくることが常態化している
といったマネジメントが継続されるのであれば、そこに裁量労働制適用の余地はありません。
また、もうひとつの理由として、
ということが挙げられます。 (「3倍」というのは個人的な経験から導かれた数字であり、厳密な裏付けがあるわけではありませんが、実態からそれほど乖離してはいないはず。) 企業の中で行われている業務にはどうしても時間に縛られざるをえないものがあります。 (というかそちらの方が割合としては大方を占めている。) 事務や経理の仕事は殆どがそれに該当する他、先に言及した、裁量労働者に指示を出す「上司」すなわち管理職も、必要な時にいつでも (もちろん勤務時間のうちで) 連絡が取れるようでなければ困る役職なので、これを裁量労働とするのも難しいでしょう。 また、裁量労働者も事故や病気などで業務を遂行できなくなることはあるわけですから、そのバックアップにあたることのできる人員も必要です。
以上に示した通り、裁量労働制の導入には、まず企業の側にそれなりの能力 (計画力, 指導力, etc.) とリソース (非裁量労働者の雇用) が必要であり、そうした現実を無視して、
といった甘々なビジョンを語る経営者や政治家に対しては、今からちょうど3年前に、私が「ノマド礼賛者」たちに向けて書いた言葉を、文脈を変えてプレゼントしたいと思います:
「お前ら、傭兵だけで戦争ができると思ってんの?」
管理職を育てよう
従業員に裁量を与えず、「ホウレンソウ (報告・連絡・相談)」などの標語に代表されるように、管理者による小刻みな介入によって業務をコントロールしてきた日本のビジネス文化 (* 海外についてはよく知らないので日本に限定している) では、裁量を持つ労働者を配置および活用することは難しいと考えています。 この現状において名目だけの裁量労働制を拡大することは、俗に言う「定額働かせ放題」となって労働者の待遇を悪化させ、労働市場の荒廃を招くでしょう。
これは労働者だけの問題ではなく、それを雇用する企業の側の危機でもあります。 高度プロフェッショナル制度を含む働き方改革関連法案が成立してしまった現状では、この流れを根本的に食い止めるのは不可能かもしれませんが、各企業においてはせめてこれを奇貨とし、「高度な専門知識を有する労働者」を低賃金で使い倒すことでパフォーマンス向上を図るのではなく、実際的な生産を高めるために欠かせない「高度な計画・指導力を有する管理職」の育成に取り組んで欲しいもの。 それは同時に、社会において大多数を占める非裁量の労働者が効率的に働ける環境を整えることでもあるのですから。
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