ウェブページをデザインする際は、何か特別な事情がない限り、文字の大きさは固定しないようにしています。
見やすい文字のサイズは、人によって違うもの。
例えば、私は普段 Internet Explorer の文字サイズに「小」を指定しているので、標準的な文字を、これくらい↓
「教養」とは学歴のことではなく、「一人で時間をつぶせる技術」のことでもある。
のサイズで見ていますが、私の実家の PC は父の老眼に合わせて、ブラウザのフォントを「最大」サイズ↓
「教養」とは学歴のことではなく、「一人で時間をつぶせる技術」のことでもある。
に設定してあります。
ウェブページというのは一般に、不特定多数の人々を閲覧対象としているため、このようなユーザ環境の変化に対して、可能な限り柔軟であるべきです。
「いや、でも見栄えを良くするには、文字サイズは固定した方が……。」と言う人もいますが、それはあくまでポスタやリーフレットなどの紙媒体でのデザイン手法。
それよりも「文字サイズを可変にしても見栄えがするデザインは何か?」と考えるのが、ウェブデザイナの取るべき姿勢ではないでしょうか。
選挙カーが余りにもうるさい (イメージ) ので、人里離れた場所へと避難。
今回はこのあたりまで行ってきました。
常に新しい技術が現れては廃れていくIT業界。
コンピュータ・エンジニアリングを生業とする者は、日々情報を収集し続けなければなりません。
ニュースサイトをチェックし、雑誌を購読し、市場のトレンドを追う毎日。
(参考: @IT 「がんばれ!アドミンくん 第29話『情報砂漠』」)
その一方で、「手持ちの材料で何ができるか」と考えることに時間を割くことをしない (できない) という環境にも置かれるようになっています。
自分で試行錯誤して作るより、他の誰かが作った流行の技術を Web 上で探してきて、それを組み合わせた方が、早く・安く・品質の高いものができてしまう現状を考えれば、それも仕方がないのかもしれません。
しかし、他人の作ったものをブラックボックスとして使っているだけでは、いつまでたっても自身の技術向上は見込めません。
外部から取り入れた知識・技術を本当の意味で自分のモノにするためには、一度情報の収集をストップした上で、手持ちの材料を吟味・使用していくことが必要なのですが……。
殊にソフトウェア・エンジニアリングの現場では、開発の期間短縮・低予算化によって、こうした「本当の」学習の機会はどんどん減りつつあるのが現状。
現在はそうして短期的に製品開発の効率を上げてる企業が、市場において有利だと考えられているようですが、そんな状況はそう長くは続かないと、個人的には考えています。
今回は、門田町にある小田山城の史跡を訪ねてきました。
何気なく使われている言葉に、違和感を覚えることはありませんか?
例えば、
などは、冗長な表現だと言えます。
何故かというと……
-
「1割引き」では値段の1割が減額されるのに対し、「100円割引」で減額されるのはもとの値段に関係なく100円。
よって、「割」という語は不要であり、「100円引き」と表現するのが正確です。
ちなみに、「15%割引き」も、正しくは「15%引き」とすべきでしょう。
-
「的」という語は、名詞を形容詞的に使うため、その名詞の後に付けて使います。
この場合、「有効」というのは形容詞なので、それに「的」を付けるのは用法として誤り。(「有益的」とか「有用的」とは言いませんよね?)
この場合は、単に「有効だと~」、あるいは「効果的だと~」が適当です。
ブログ (blog) の普及は、インターネットにおける情報の「発信者」の数を急激に増加させました。
Blog の特徴は、記事の書き込みの簡便さもさることながら、コメントおよびトラックバック機能が提供する、双方向かつ動的なコミュニケーション手段にあります。
これらの機能により、これまでインターネットユーザの大半を占めていた情報の「受信者」の多くが、「送信者」としても活動するようになりました。
その結果、インターネットがより多様で豊かなものになったことは間違いないでしょう。
ただ、気になるのは、自分と考えを異にする人とのコミュニケーション、即ち「議論」が破綻するケースが非常に多いということ。
議論が始まり、これから面白くなるというところで、的外れな主張や感情論、揚げ足取り、罵倒、荒らしが横行し始め、まともな議論が展開できなるブログがよく見られます。
するともはや、そのブログは書き手にとっても読み手にとっても、何も得るものの無い、不毛な場と化してしまいます。(参考: 議論のしかた | iwatamの個人サーバ)
これまで、「日本人は議論が苦手 (あるいは嫌い) な民族だ」と言われてきました。
しかし、こうした情報発信メディアの普及をきっかけに、議論を活発に行われるような社会になっていけばと、個人的には期待しています。
ソフトウェア開発のプロセスにおいて、「ある概念に名前を与える」ことが必要とされることがあります。
日常においては、特に名前を与えられていないモノ・コトも、プログラムの一部として扱われる際には、他のモノ・コトから明確に識別されなければなりません。
その識別を行うためのラベルとして、名前 (識別子) を対象に付与する必要があるわけです。
この「名前」がコンピュータにだけ必要なものであれば、SX-5738
とか W17TF88
のように、「他と重複しない一意な」名前であれば十分ですが、プログラムを書く人間にとっても「名前」は重要な識別要素なので、通常は "Customer" とか "DeleteData" のように、自然言語 (通例英語) に近い「名前」を用います。
ここで問題になるのは、「類義語」の使い方です。
例えば、データベースから商品 (の情報) を「削除」する関数に名前を付けるとしたら以下のいずれが最も適当でしょうか?
DeleteProduct / RemoveProduct / EraseProduct / EliminateProduct
この他にも使い分けの難しい語はいろいろとあります。
- data/ info(rmation) / item / record
- create / generate / make / produce
- abort / end / finish / quit / stop / suspend / terminate
- alter / change / modify / update
- chain / concatnate / join / link / merge
- find / search / seek
日本語なら「探/捜す」や、「収/納/治/修める」、「足/脚/肢」の使い分けに相当します。
これを深く考えず、テキトウ (「適当」ではない) に使ってしまうと、他人に (時には自分でも) 読みづらいプログラムになりがち。
そんなわけで、プログラマにとって語学 (語彙力?) も欠くことのできない教養なのです。
関連項目
帰宅時刻が遅くなると、夕食を作るのが面倒。
そんなときは、読みかけの本を携えて近所のモスバーガーへ。
コーヒーを飲みながら、ゆっくり本を読む時間にシアワセを感じているこの頃です。
先月まではリチャード・ドーキンスの『盲目の時計職人』、今月からは荒俣宏の『帝都物語』を読んでいます。現在第弐番のまんなかあたりですが、魔人加藤の暴走っぷりから目が話せません。
インターネットであちこち検索・散策するのも面白いですが、読書はまた趣を異にした愉しみがあるものです。
社会人になると (一部の例外を除いては) 電話の応対を余儀なくされます。
学生の頃は、家族や友達以外の人と話す機会は少ないので、「会社に入ってイキナリ」になってしまう人が多いようです。
そうして、「電話恐怖症」になり、五月病に突入ということもしばしばだとか。
電話応対で大切なことはいろいろありますが、基本中の基本が言葉遣い。
尊敬語, 謙譲語, 丁寧語の類をきちんと使えない人が多いようです。
次のような言い方をしているのを聞くと、他人事ながら冷や汗が出てきます。
(どこがおかしいか分からない人は、調べてみてください。)
- ■■ (先方の人名) 様はおられますか?
- ■■ (先方の人名) 様は何時ごろ参られますか?
- □□ (当方の人名) 部長はただいま、いらっしゃらないようですので…。
こういったおかしな言葉遣いを指摘すると、
- 「伝わればそれでいいじゃないか。」
- 「尊敬語や謙譲語なんて面倒なだけだからなくしてしまえばいい。」
- 「言葉は生き物なんだから、時代と共に変化していくもの。」
なんて反論されることがあります。
ですが、実際にお客様からの電話を取ったらそんなこと言ってはいられません。
同世代の「お友達」との会話・社交術だけが、「コミュニケーション技術」だと思っていると、痛い目に遭うことでしょう。
以上、これから社会人になる方へのアドバイスでした。(←何を偉そうに)
Narita (コンパイラのエラーチェッカはもっと厳しいですよ。)