flint>flint blog
ページ: « 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 »

山梨県立博物館

厳しい残暑が緩んだと思ったら、急に肌寒くなってきたこの頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか。 (私は慌てて秋・冬ものの衣料をケースから引っ張り出してきております。)

九月末を以って、二ヶ月間続いた仕事に区切りがついたので、気分転換と情報収集を兼て、山梨県立博物館を訪れてきました。 甲斐国 (かいのくに) ということで、武田氏による為政や、鉱山・治水に関連する資料が豊富で、自分の興味のあるテーマを追うだけでもたっぷりと楽しむことができます。 また、山梨が生糸和紙の産地としても有名であったことなど、これまで知らなかった情報も得ることができ、大変ためになりました。

なかでも私の興味を引いたのは、近代に入ってから山梨県を中心として多くの人々を苦しめた地方病に関する展示です。 現在では、この病気は日本住血吸虫という寄生虫によって引き起こされるものであることが分かっているわけですが、その知見が得られるまでの試行錯誤と、これを撲滅するための官民をあげての取り組みの歴史に触れると、その気の遠くなるような努力の積み重ねに、圧倒されずにはいられません。 とりわけ、感染経路の特定のための、科学者たちがその身を挺して行った各種の実験と考察は、「凄まじい」の一語に尽きるでしょう。

万策尽きた吉岡はついに、死亡した患者を病理解剖して、病変を直接確かめるしかないと決断する。 しかし当時の人々にとって解剖はおろか、手術によって開腹することですら世にも恐ろしいことと思われており、普段は威勢のよい男性でも、死後とはいえ自分の体を解剖されることには極度に脅えたといわれている。 実際に山梨県では明治中期の当時において解剖事例は皆無であった。

吉岡の献身的な治療に信頼を寄せていたなかは、なぜ甲州の民ばかりこのようなむごい病に苦しまなければならないのかと病を恨みつつも、この病気の原因究明に役立ててほしいと、自ら死後の解剖を希望することを家族に告げる。 最初は驚いた家族であったが、なかの切実な気持ちを汲んで同意し吉岡に伝えた。 当時としては生前に患者が自ら解剖を申し出ることはめったにないことであり、あまりのことに涙した吉岡であったが、家族と共に彼女の願いを聞き取り文章にし、1897年 (明治30年) 5月30日付けで県病院 (現: 山梨県立中央病院) 宛に『死体解剖御願(おんねがい)』を親族の署名とともに提出した。


また、京都帝国大学皮膚科の松浦有志太郎により、片山地方の水田から採取した水に自分の腕を浸すという自らの体を使った決死の感染実験が行われた。 ( 中略 ) 松浦は有病地滞在中、飲食物は全て煮沸したものしか口にせず、皮膚にかぶれが起きるのか慎重に経過を見守ったが、2回に及ぶ自己感染実験では感染は成立しなかった。ところが3度目の自己感染実験で松浦はついに感染してしまう。


そんな中、地域住民によるミヤイリガイの拾い集めが始まった。 「ミヤイリガイをなくせば地方病はなくなる」と聞いた農民が、自発的に行動を始めたのである。 それは、女性や幼い子供たちをも動員し、箸を使って米粒ほどの小さなミヤイリガイを1匹ずつ御椀に集めていくという、気の遠くなるような涙ぐましいものであった。 農民たちへの努力に応えるべく、県により採取量1合に対し50銭が給付され、1合を増すごとに10銭の奨励金が交付された。


山梨県では1925年 (大正14年) に生石灰の散布が決定され、前述したように同年2月10日に『山梨地方病予防撲滅期成会』が組織され発足した。 1924年 (大正13年) から1928年 (昭和3年) にわたる5年間の地方病撲滅対策費用166,379円のうち、約8割に当たる131,943円が寄附金であったことからも、住民の地方病撲滅への願いの強さが分かる。


こうして、甲府盆地を網の目状に流れる水路は大小問わず全てコンクリートで塗り固められた。 コンクリート化に投入された予算は1979年 (昭和54年) の段階で70億円に及び、1985年 (昭和60年) には累計総額100億円を突破する、莫大な費用を注ぎ込んだ事業であった。

なお、撲滅事業が終了した1996年 (平成8年) の時点で、地方病対策のためにコンクリート化された甲府盆地の用水路の総延長は、函館市から那覇市間の直線距離に相当する、2,109キロメートル (2,109,716メートル) に達している。

>> 続きを読む
成田
このエントリーをはてなブックマークに追加

心構えの問題

そっくりハウス

以前、NHK「みんなのうた」で放送されていた谷山浩子の「そっくりハウス」が聞きたくて、このCDを購入したのですが、その中に「おいしくたべよう」という曲が収録されています。 いかにも子供向けといった雰囲気の歌なので、買ってしばらくはそのトラックは聞き流すようにしていたのですが、ある日ふと自分の中で何かが引っかかっていることに気がつきました。

良いこと、おめでたいことがあったとき、あるいはその反対に、落ち込んだときなど、私たちは何気なく「今日は美味しいものでも食べよう」なんてフレーズを口にします。 これはもう無意識的なものなのでしょうが、これは「おいしさ」の在り処を、食べ物そのもの、あるいはそれを提供する側に求める態度に他なりません。 翻って、この「おいしくたべよう」に込められたメッセージを考えてみると、「おいしさ」が、食べる側の所作なり気の持ち方なりの中に求められていることがわかります。 「おいしいものをたべる」と「おいしくたべる」- 字面はよく似ていますが、なんと大きな隔たりのある概念でしょうか。

これは「食事」だけでなく、「仕事」についても言えることではないか、と私は考えています。

>> 続きを読む
成田
このエントリーをはてなブックマークに追加

識別子にまつわるエトセトラ

コンピュータ・システムは一般的に、それが扱うレコード (データのまとまり) が個別に正しく扱われるようにするために、その各々に対して「ID (identifier = 識別子)」と呼ばれる値を割り当てます。

IDは、システムの時間的・空間的な運用範囲において、個々のレコード一意に識別することができるように設計しなければなりません。 これらのIDが利用される範囲は、即ち、そのシステムが影響を及ぼすことのできる範囲に等しく、故にこれは、そのシステムの「規模」そのものであると考えることができるでしょう。 従って、IDに関する設計 (デザイン) は、そのシステムの在り方、そして品質を大きく左右する要素となります。 しかしながら、所謂プロの開発者の中にさえ、このIDの設計に関して杜撰あるいは無頓着な人が多いように観察されます。

そんなわけで、このエントリでは、IDをどう設計すべきか (あるいは、どう設計すべきでないか) について、具体的な失敗の事例を交えつつ、私の考える「勘所」について述べていきたいと思います。 (案件の特定を防ぐため、細部は微妙に変更しました。)

>> 続きを読む
成田
このエントリーをはてなブックマークに追加

メモ: 悪霊にさいなまれる世界

悪霊にさいなまれる世界 (上) 悪霊にさいなまれる世界 (下)

現在、カール・セーガンの『悪霊にさいなまれる世界 (The Demon-Haunted World)』 を再読中なのですが、この本の中にこんな文が引用されています。

気分さえよければ真実かどうかなど気にしないというのは、金さえ手に入れば汚い金でもかまわないというのと同じくらい倫理的にたちが悪い。

『季節のめぐり』/ エドマンド・ウェイ・ティール

このセンテンスは結構人気があるようで、検索をすれば、本書からさらにあちこちで引用・紹介されているのを目にすることができるでしょう。

私も以前、発表 (プレゼンテーション) の資料の中にこの一文を引いたことがありました。 その際、英語版のスライドを用意する必要が出てきたため、この原文を探したのですが、ググってもなかなか出てきません。 このときは、なんとかかんとか行き着くことできたのですが、今回の読み返しにあたって改めて探してみたところ、またもやかなりの時間を消費してしまいました。 そんなわけで、他にこれを調べる方がこれ以上時間を浪費することがないよう、ここにメモしておこう、と思い立った次第です。

It is morally as bad not to care whether a thing is true or not, so long as it makes you feel good, as it is not to care how you got your money as long as you have got it.

"Circle of the Seasons" / Edmund Way Teale

ところで、この邦題『悪霊にさいなまれる世界』は改められたものだとか。 最初は『カール・セーガン科学と悪霊を語る』で、その次に出版されたときには『人はなぜエセ科学に騙されるのか』となり、そして今回の早川文庫版でこの直訳に近いものになったそうです。

悪霊にさいなまれる世界(カール・セーガン、早川文庫)
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1250169007

確かに直訳を当てるのが必ずしも良いわけではないですが、「さすがにそれはちょっとどうなのよ?」ってタイトルもかなりありますよね。 "Keep Yourself Alive" → 『炎のロックンロール』とか、もはや跡形もないわけで。 あ、でも『ウハウハザブーン』はピッタリと思います。

成田
このエントリーをはてなブックマークに追加

近況報告

Green, Yellow, and Blue

甲府はまだまだ暑い日が続いていますが、九月に入ってからは日差しの加減や、植物の色付きの変化で、秋の訪れが感じられるようになってきました。 ここ最近はアップロードするネタもないのですが、keep alive としてエントリを投稿してみることに。

先日は、富士吉田市に営業回りに行ったついでに、河口湖青木ヶ原樹海を見てきました。 間近で見た富士山の大きさにも感嘆。 「ふじさんでけーな!」

色々やりたいこと・やっていることはあるのですが、ある程度組み上がってからでないと、発表できないというか発表しても意味がないというか、そんなフェイズにおります。 概要を簡単に説明するならば、ある種のパーサを備えたプログラムを幾つか企画中なのですが、それらのパーサはその動作のベースとして字句解析機を必要とします。 で、どうせ作るなら汎用的な字句解析機を作ろうと思い立ちました。 そうなると、これまで若干テキトウ (「適当」ではない) にやってきたテキストデータの扱い (特に文字コード対応) をきちんとするために、ライブラリに手を入れる必要が出てきます。 その修正はかなり込み入った仕様変更となるため、きちんとドキュメントを作れるような仕組みを用意しないと後々困ったことになることは想像に難くありません。 と、そんなわけで、現在はそちらの作業にかかっているところ。

それに加えて、生活の変化によるストレスなのか何なのか、体調が悪いというわけでもないのですが、肉体的にも精神的にもいまひとつアクセルが掛かりづらい状態に陥っております。 (´д`;) ふにゃあ。 まぁ、これは独立する前から度々 (三ヶ月に一回くらい) 起きていた現象なので、あまり深刻にならず、気力が戻ってくるのを待つのがよいのでしょう。

成田 (休息や気分転換も効率よく!)
このエントリーをはてなブックマークに追加

二ヶ月経過

月日の経つのは速いもので、甲府に来てからもう二ヶ月になります。

先にも述べた通り、比較的早い時期に当面の仕事にありつくことができ、昨日は独立後初めての収入を手にすることができました。 何を措いてもまず、現在の仕事先の会社の皆様、ならびに、周囲で支えてくれた家族, 友人その他の人たちに感謝、ですね。

当然ながら、色々と生活も様変わりしたわけですが、個人的に強く感じているのは、「通勤時間」の生活に占めるウェイトでしょうか。 会津にいた頃は、通勤路が混むこともまずなく、スクータで10分も掛からずに家から会社まで移動することができました。 現在常駐させて頂いている会社は、自宅と同じ甲府市内にあり、距離としてもそれほど離れてはいないのですが、朝夕は道路が混雑するため、片道に30分は見積もっておく必要があります。 往復で合計一時間は車内で過ごすことになったわけですが、運転中は当然本を読むわけにはいきません。 そのため、朝は手持ちのCDで音楽を聴いて気分を盛り上げつつ出勤、というのがパターンに。

そんなわけで、今回のエントリでは、最近お気に入りの曲を三つほど紹介してみたいと思います。


>> 続きを読む
成田
このエントリーをはてなブックマークに追加

CSSエディタ?


ノードのツリー表示

プロパティの編集

現在、ウェブ上でCSSの編集・生成を行うシステム (開発コード: Cimejes) を作成しています。

今までは、CSS を記述するにあたっては、普通のテキストエディタを使っていました。 それはそれで、サクサク書けて小回りも利いて快適なのですが、色々と不便な箇所も。

例えば、CSSには「定数」という概念がないので、同じ値の「色コード」や「フォント名」がファイル内のあちらこちらに散らばってしまうという問題があります。 従って、サイトのテーマカラーなどを変更しようとすると、これらを一つずつ修正しなければなりません。

また、動作確認のため、その一部をコメントアウトすることも多いのですが、CSS 2 では (CSS 3 はよく知らない) /**/ を用いたブロック型のコメントしかサポートされておらず、無効化する範囲をネストさせることができないため、この作業に手間が掛かったりしてフラストレーションを感じることもしばしば。

そこで、CSSをツリー構造を使って表現・管理するシステムを作ろうと思い立ちました。 掲載したスクリーンショット (クリックで拡大できます) は開発中のものですが、基本的な機能は既におおよそできあがっています。 例えば、プロパティの値に、$color_theme_major と書き入れておくと、その部分がCSSの生成時に定数値として設定された文字列 (この例では、"#c00000") に置き換えられる、という寸法。 $PATH_WWW は組み込みの定数で、サイトのパスを表す文字列 (例: "www.flint.jp/blog/") に置き換えられます。 また、ノードやプロパティの状態 (有効/無効) を切り替えることで、グループ単位で、CSS出力のON/OFFを制御することも可能。 ……どうです?結構便利そうな機能だと思いませんか?

あ、「動的生成は重そう」と思ったそこのアナタ! 心配はご無用。 生成結果はキャッシュとして保存されるので、読み出しのコストは静的ファイルを用いる場合と変わりません。

というわけで、主に自分で使うことを想定して作ったシステムですが、需要があれば、外部にも提供していきたいと考えています。 ただ、どれほどの需要があるか今ひとつ把握できない (Dreamweaver などのオーサリングツール使ってる人には興味を持たれなさそうな予感……) ので、もし「興味がある」「試しに使ってみたい」という方がいらっしゃいましたら、コメントを書き込むなどしてお知らせください。

成田 (ソロモン72柱計画続行中)
このエントリーをはてなブックマークに追加

お次は Andoroid

Android

先の仕事は Ruby of Rails でしたが、その次は Android アプリ改修のお仕事がやってまいりました。 SDK が Java で提供されているので、Eclipse をインストールして作業中です。

Java & Eclipse を触るのは実に5年ぶり。 知らない間にバージョンが一個上がって 1.6 になっていたので、少し心配していたのですが、言語仕様には殆ど変化が見られません。 (個人的には、Java は 1.5 で 時点でジェネリクスが導入された時点で、言語としての基礎が固まったと考えていたので、今回図らずもそれが実証されて痛快。 仕様が安定していること、言い換えれば「枯れている」ことは、それだけ完成された、信頼できる言語だということです。)

とにもかくにも、Ruby on Rails の「設定より規約」という思想のもとに魔術化されたグロテスクなフレームワークに比べれば、Java による開発は天国と言ってよいでしょう。

しかしながら、受け取ったソースが、JNIを使用しており、しかもそのネイティブコード内でセグメンテーション違反で落ちるため、なかなか手が出せずにいます。 せめてネイティブ部のソースがあれば手の出しようもあるのですが...。

>> 続きを読む
成田
このエントリーをはてなブックマークに追加

問い合わせフォーム設置

問い合わせのメッセージを送信するためのフォームを設置しました。

flint: 問い合わせフォーム
http://www.flint.jp/contact/inquiry.cgi

仕事のご依頼, 見積り, 単価などに関する質問などがございましたら、お気軽にお寄せください。

成田
このエントリーをはてなブックマークに追加

「デザイン」の問題

先日のエントリでは、Live Messenger 2011 のユーザインターフェイスについて思うところを述べました。 しかしながら私は、このアプリケーションに限らず、ソフトウェア、あるいはもっと広く「デザイン」と呼ばれるもの全般が同様の問題を抱えている、と考えています。 これはつまり、私たちの社会全体が「デザイン」というものを軽視あるいは曲解し、これにまともに取り組むことを避けているのではないか、という疑念です。

日本では「デザイン (design)」という言葉は多くの場合、それに対応する日本語である「設計」とは違った意味合いで用いられています。 ある機能・性能を実現するために、「何を」「どのように」作るのかを考えるという本来の目的が見失われ、斬新・奇抜あるいは印象的な外観を与えることに主眼が置かれてしまっているケースがあまりにも多くはないでしょうか。

考えなしの行動?

日本人の多くは「デザイン」という言葉を誤解して認識しているようだ、と常々感じる。 たとえば、家にペンキを塗ると、近所の人が「どうして色を変えたのですか?」と尋ねてくる。 特に理由はないので、「気分転換です」と答えると、「ああ、デザインですか」と言われたりする。 この場合、「機能的な理由でなく、好き嫌いの問題だ」という意味で「デザイン」が使われているのだ。 「単なるデザイン」などというフレーズも頻繁に耳にするところである。 「物理的な根拠はないが、模様や格好だけを奇抜にしてみました」といった様子を表しているらしい。

『考えなしの行動?』 訳者 (森 博嗣) まえがき

非常にまずいことに、こうした誤解をしている人は、デザインを専門の職能とする「デザイナ」と呼ばれる人々の中にも少なくありません。 そのようなデザイナは、対象が果たすべき役割や、期待される性能について理解しようとせず、自分の感覚において「美しく」「スタイリッシュ」に見えるように、その形を変えてしまう傾向があります。

>> 続きを読む
成田
このエントリーをはてなブックマークに追加
ページ: « 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 »